世界は想像以上に愛に満ちている

「果たしてこのままこの生き方で良いのだろうか?」

この頃、そんな問いが自分の中で少しずつ大きくなっているような感覚があります。ありがたいことに、家族や友人、職場の方々との関係性もよく、経済的にも困らないし、体力的にも穏やかな暮らしをさせてもらっています。

けれど、自分が本当に大切したいこと。その為に行動できているのか。自信を持って「YES!」と言えない自分がいます。

揺れ動く

もやもやしているのは、きっと学生の頃からずっとそうでした。

「限られた自信の生命に対して、誠実に行動できているんだろうか?」

「自分の能力は本当に大切なことの為に発揮されているんだろうか?」

最近、この揺れ動きが大きいのは、外部からの影響も大きいかもしれません。

アマゾンの熱帯雨林火災を通しての地球と人間の関係性、FBで見た先住民サミットでの強者の傲慢さ加減、アダム・カヘンの『未来を変えるためにほんとうに必要なこと』での実践的な取り組み、実際に日本でも活躍されている大先輩方の活動。そういったものを通して、自分自身の中に揺れ動きが起きています。

きっと自分のこの生命は、本当に困っている人や地球の為に使うべきだと思っていまし、この感覚は忘れたくない。

活動する仲間という概念を越えた関係性

さて、なぜぼく自身がこの揺れ動きに対して、落ち着いて言葉を綴れているのかというと、それは気持ちを吐露しても受けとめてくれる友がいるからです。

今、キャリア・デザイン・プログラムを企画・運営する仲間たちがいますが、その人たちと過ごす中での学びがとても多く、何より自分自身の心の成長に繋がることが本当に多いなと感じます。

これを綴っている直前にもミーティングがありましたが、そこである人が「この経験や場があるからこそ、苦しくても自分自身と向き合える」という風に言っていて、その通りだと思いました。この場があること、この場に居れること、全てに感謝です。

包み込まれるような愛

さらに、もう一つ大きな気づきは『もっと世界は厳しいところだと思い込んでいた』ということです。経験・スキル・能力・経済面・体力面等々の全てにおいて優秀でなければ、あの大先輩方のように活動出来ないし、食べて生きていけないと思っていました。けれど、『世界は想像以上に愛に満ちているのかもしれない』と感じています。

やっぱりそれは自分自身の気持ちを吐露しても受けとめてくれる人たちがいるからこそ、そう感じます。だから、この感覚。ほっと安心して、力がみなぎってくるような感覚。それをもっと多くの人に体感してほしい。

だから、ぼくは場づくりや対話、神石高原町での活動、他の地域で奮闘する仲間の支援等々を通して、「世界はもっと愛に溢れてるんだよ。だから、もっと素直に自分を表現していいんだよ」と伝えていきます。

愛に溢れた優しい世界へ。

また、キャリア・デザイン・プログラムも、まだ参加者を募集しています。今まで綴ってきたような、心の成長を支援する美しいプログラムになっていて、ぜひ参加してほしい。本気で、自分自身を変容させていくことを伴走しながら支援します。少しでも興味があれば、ご連絡ください。