対話によって生み出される変化

「対話をすると果たして、どんな変化が起こるのか?」今日はこのことについてお話しできればと思います。

対話をしたら「真っ白キャンバスの上にいるようなそんな気持ちになる」という言葉をよく聞きます。また、「ふっと心と体が軽くなって元気になった」そんな言葉も聞きます。

不思議ですね。話をしている人の中にどんな変化が起きているのでしょうか。

内面にある感情の海に気づく

まずは、互いにチェックイン。

心と体の状態や今日の期待を話し合います。そして、「今、何か話したいことはありますか?」という問いかけから対話がスタート。

この時、自分自身の心の中に深くもぐり始め、もうそれは言葉では言い表せないほど、いろんな感情が芽生えていることに気づきます。もう何が何だかよく分からない。何を話したいのか、何を聞いてほしいのかも、よく分からなくなってくる。

「あ~こんなにも自分自身はいろんなことを感じていたんだな」ということに気づき、いかに普段から心の声を聴けていないか痛感します。

それは、まるで感情の海に溺れるようなそんな感覚に近いかもしれません。初めて、自分自身の声を聴くことができる。少し自分自身を取り戻したような感覚。そんな感じ。

見いだされる本当の自分

そんな感情の海の中をのびのびと泳ぐことができるように、対話が続きます。

「そうなんだね。そう感じているんだね。」

「こういうことも考えているのかな。」

色んな問いかけのなかで、少しずつ自分自身の輪郭がつかめてくる。少しずつ自分自身のことを受容できる自分が出てくる。それは赤ちゃんが生まれてきて、最初に抱きかかえる感覚に近いかもしれません。

新しく生まれた自分自身を体全体で受けとめてあげる。 ある程度の強い衝撃と愛おしさを伴って、本来の自分自身に少し近づく。

そんな風に自分を受けとめることができたら、あとはもう自分自身を味わうだけ。ただそれだけ。

その味わいの中では、しがらみとか迷いとか、そういうものから少し離れて。少し宙に浮いているようなそんな感覚になる。心も体もすっきりして、元気が湧いてくる。

自分自身寄りの自分

なんで、そんな感覚になるのか。改めて振り返ってみると、自分が自分自身に近づくことが出来たからだと思う。

自分自身 ↔ 自分 ↔ 社会

こういう関係性の中でぼくたちは生きていて、普段は社会寄りの自分がよく顔をのぞかせる。けれど、対話だと、自分自身寄りの自分が出てくる。他の誰でもない唯一無二の自分。

それに出会えた喜びで、心も体も満ち足りてるんじゃないかな。きっとそうだと思う。

そんな気持ちで日々を過ごしているから、自分らしい選択や、自分らしい道を歩いていけるのだと思う。もう少し、社会じゃなくて、自分自身に近づくような。そんな日々を送っていきましょう。